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HISTORY

習志野の歴史を語る会

「街は変わっていく。でも、人の記憶は残せる。」

習志野原は、もともと江戸時代から馬の放牧地として使われていた広大な原っぱでした。

明治時代になると、日本の近代化と軍備強化に伴い、騎兵隊の訓練場として注目されます。東京から近く、平坦で広い土地だったことから軍用地として選ばれ、習志野は「軍都」として発展していきました。

その後、国鉄(JR)が津田沼まで開通すると、津田沼駅は兵士や物資を運ぶ重要な拠点となります。駅から軍の施設へ向かう人々が利用した「松山通り」には次第に店が増え、後の大久保商店街の原型が形づくられていきました。

大正15年(1926年)には京成大久保駅が開業。駅から騎兵第13連隊へ向かう道にさらに人が集まり、商店街が発展していきます。

しかし、昭和20年(1945年)の終戦によって街は大きな転換期を迎えます。

軍人がいなくなった一方で、兵舎には海外からの引揚者や戦災で住む場所を失った人々が移り住み、人口が増加。商店街も軍人向けの店から、布団屋や金物屋など、地域住民の生活を支える店へと変わっていきました。

さらに、兵舎跡地には日本大学、東邦大学、順天堂大学などがキャンパスを開設。

大久保は次第に「学園都市」としての顔を持つようになります。

当時の学生たちは四畳半ほどのアパートで暮らす人が多く、食事は商店街、入浴は銭湯という生活を送っていました。

最盛期には、毎日約1万人の学生が街を行き交ったともいわれ、商店街は高度経済成長の波にも乗り、約50年間にわたって大きく繁栄しました。

そして、街は少しずつ変わっていった

長く続いた商店街の繁栄にも、やがて変化が訪れます。

スーパーマーケットやコンビニ、大手チェーン店の進出によって、人々の買い物の仕方が変わり、昔ながらの八百屋や肉屋などの個人商店は少しずつ姿を消していきました。

さらに現在では、インターネット通販の普及も大きな影響を与えています。

便利になった一方で、地域の小さな商店が生き残ることは以前より難しくなっています。

後継者不足も大きな課題です。

「昔から続いてきた店を、誰が次の世代へ引き継ぐのか。」

商店街の歴史を振り返ると、単に店が減っているというだけではなく、街を支えてきた人や文化そのものをどう残していくのかという問題が見えてきます。

「習志野の歴史を語る会」が残しているもの

そんな地域の歴史を後世へ伝えようと活動しているのが、「習志野の歴史を語る会」です。

東邦大学付属東邦高校の歴史教師だった山岸先生が立ち上げたこの会には、現在10人ほどが参加しています。

会費はなく、地域の歴史に興味がある人なら誰でも参加できる開かれた会です。

メンバーは、それぞれが持っている知識や記憶を持ち寄り、昔の習志野について語り合っています。

専門的な調査を行う人もいれば、自分自身が経験した昔の出来事を語る人もいます。

そして、その話をただ思い出話として終わらせるのではなく、資料として残していくことも大切にしています。

特に印象的なのは、佳子さんが手書きで制作している資料です。

美しいレタリングやタイポグラフィーを使いながら、地域の歴史や人々の記憶を形にしています。

「言葉は時間とともに消えてしまう。だからこそ、記録として残すことが大切。」

そんな思いで、地道な活動が続けられています。

人の記憶の中に残る「昔の習志野」

習志野の歴史を語る会では、歴史的な資料だけではなく、参加者それぞれの記憶も大切にされています。

戦後、使われなくなった兵舎が小中学校の校舎として利用され、そこで実際に学んだ人の思い出。

かつて習志野市内にあった、習志野第二中学校、習志野高校、津田沼小学校の円形校舎。

今では姿を変えたり、なくなったりした場所も、人々の記憶の中には残っています。

こうした一人ひとりの記憶をつなぎ合わせていくことで、教科書だけでは分からない「習志野の歴史」が見えてきます。

今回の取材では、普段何気なく歩いている大久保の街に、これほど長い歴史があることを改めて知りました。

かつては「習志野原」と呼ばれた場所が軍都となり、戦後には商店街が生まれ、大学ができ、たくさんの学生が行き交う街へと変わっていった。

そして現在、街の姿はまた少しずつ変わろうとしています。

特に印象に残ったのは、昔の出来事そのものだけではなく、それを覚えている人たちが、今も自分たちの言葉で語り続けていることでした。

街は変わっていきます。

なくなってしまう場所もあれば、新しく生まれる場所もあります。

だからこそ、今そこにいる人たちの記憶や言葉を残しておくことには、大きな意味があるのだと思います。

narashino magでは、観光地や有名なお店だけではなく、この街で暮らしてきた人たちの記憶も、習志野の大切な風景として記録していきたい。

今回の取材を通して、そんな思いがより強くなりました。

昔を知ることで、今の習志野が少し違って見える。

そんなきっかけを、これからもnarashino magから届けていけたらと思います。


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